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最終話 喫茶「ベコニア」の奇跡2

Author: 岩瀬れん
last update Last Updated: 2025-07-09 18:39:55

ガラスに張り付くように、景色に見惚れていたら、裏から水樹くんが表に出てきていた。今日も綺麗で美しくて格好良い。そしてその手には新鮮な芳ばしい香りが溢れ出すホットコーヒー。それをそのまま私の正面に置いた。

「良かったら、どうぞ」

そう言い残して、まだカウンターの上に置いたままだった物品を抱えて姿を消してしまった。そういえばクリスマスの時期は人が増えるから忙しくなると前に言っていたような気がする。明日も営業だろうしこんな夜遅くに悪いことしたな、なんて思ったがこの日時を指定したのは水樹くんなのだ。気にしないでおこう。それに、美味しいコーヒーも頂いてしまった。

まあ、私もこの気持ちを抱えたまま、年が開けることができない。

コーヒーが冷めないうちに、さっそく頂くことにした。ふわりと、立ち上ってくる匂いが鼻をくすぐる。柔らかい温かみをくれるこのコーヒーに表情を綻ばせる。安定剤のようにひどく落ち着かせるのだ。

この溢れんばかりの思いを綺麗に整えるように。

「もう年末だね」

水樹くんがエプロンを外した姿でカウンターの奥に現れる。

「うん。会社の人たちは皆忘年会で頭がいっぱいだよ。全部忘れてやるーって」「そうなんだ。僕は忘れたくなことばっかりだな」

クスクスと笑う水樹くんに「例えば?」と聞いてみる。すると少し間を置いた後彼は口を開いた。

「今でもはっきり覚えているのは、数ヶ月前に・・・涙の跡がくっきり残った表情が暗い人が店に来てくれたんだけど」

明らかに泣いてそのままの足で来たのだろう。でも話し掛けづらくどうしたらいいか分からなかったと水樹くんは苦笑いしていた。そして涙で顔がぐちゃぐちゃなその人はコーヒーを注文したらしい。思わず咳き込んでしまう。

「でも・・・コーヒーを飲むとね、その人はふっと笑みを漏らしたんだ」

そこまでの話で、その人が誰なのか簡単に予想がついてしまった。「ああ、僕の淹れたコーヒーその人を笑顔にできたんだって、彼女を見てとても嬉しかった」「・・・水樹くんが淹れたコーヒーは特別に美味しいからね」

どんなに悲しい事があろうと、不思議とコーヒーを飲むと心が落ち着いて笑みを漏らしてしまう。魔法を掛けられたみたいに。きっとその魔法はその人だけではなく、たくさんの人に掛けてきたのだろうと思う。

「それからその人が来るたびに、どんなに疲れた表情をしていても・・・そうじゃなくても
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